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 「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」

     この仰せこそ仏法史観の骨髄・肝心

     自虐史観も皇国史観も国を亡ぼす

                                顕正新聞 平成26年3月5日 (1302)号

 きょうの総幹部会も素晴らしいですね。大感動いたしました。
 
 地方会館建設について
 
 初めに、地方会館の建設計画について申します。
 昨年一一月の総幹部会で「平成二七年度の建設計両三会館のうち、一つだけまだ検討中」と申しましたが、決定いたしましたので発表します。
 広島県の尾道市に「尾道会館」を建てます。尾道は中国地方における弘通の最初の地で、ここには大勢の顕正会員がおります。だいぶ前に作った尾道事務所でみな頑張って来ましたが、もう飽和状態です。
 そして今、新しい大前進の気運もみなぎって来たので、明年早々にも建てたいと思っております。
 これで明年はこの尾道会館と、すでに発表されている佐渡会館・兵庫会館、この三会館が建設されます。
 そして明後年の三会館については本年一一月に発表予定ですが、そのうち一つはすでに決定しておりますので、本日、発表いたします。
 岐阜県に建てます。叶うことなら、垂井のそばに建てたいと思っております。
 岐阜はいま男子・女子・婦人部の組織も整い、いよいよ本格的な弘通が始まらんとしている。日目上人の尊き御遷化の地に、顕正会員の死身弘法によって広布の法城が立てられれば、これこそ最大の御報恩と私は思っております。
 
 記録的豪雪は国難元年の象徴
 
 さてこの二月、二度にわたって稀に見る大雪が降りましたね。
 第一回は「五〇年に一度の大雪」といわれましたが、その一週間後の一四日から一五日にかけて、さらに記録的な豪雪が関東甲信を襲った。観測開始以来一二〇年、未だ曽てない大雪だそうです。
 積雪量は群馬県草津町で一四八センチ、山梨県甲府市で一一四センチ、都心でも二七センチ。交通機関・道路は完全に麻痺して各地で集落が孤立し、約七千人が閉じこめられた。道路では車が数珠つなぎになって立ち往生し、車を捨てて歩いて帰ろうとした男性が凍死したということも起こりました。
 被害は死者二五人、負傷者約千人、農産物の被害だけで六五〇億円といわれております。
 関東甲信でこれはどの豪雪は未だ見ぬところ。私はこの記録的な豪雪こそ「国難元年」を象徴するものと思っております。
 
 日米両国に不信の溝
 
 その国難元年、日本が最も頼りとしているアメリカとの間で、このところ深い溝が生じてきましたね。日米両国の相互に不信感が生じ、隙間風が吹いてきたということです。
 
 端緒は靖国参拝
 
 その端緒は、昨年十二月二六日の安倍首相の靖国参拝であった。まさしくこれがターニングポイントだったのです。
 いいですか。安倍首相の靖国参拝強行に対して、アメリカ政府は「失望」との声明を発表した。これに対して安倍側近が相次いで無分別な反米的ともいえる逆批判をした。その結果、いま両国政府の間で深い溝が生じてきたというわけであります。少し説明します。
 
 「オバマ大統領だから」
 
 一月一七日、萩生田光一自民党総裁特別補佐が同党青年局で講演し、アメリカ政府の「失望」声明に対し、こう批判した。
 「共和党政権の時代に、こんな揚げ足を取ったことはない。民主党政権だから、オバマ大統領だから、こんなこと言っている」と。
 彼はオバマ大統領を名指しで批判をしたのです。何とも無分別・軽率な発言ですね。
 
 「我々の方が失望だ」
 
 次に二月十六日には、衛藤晟一首相補佐官がさらに激しいアメリカ批判をした。
 この衛藤という人物は安倍首相の盟友とも側近ともいわれている。安倍首相が会長を務めている超党派議員連盟「創生日本」の幹事長です。この「創生日本」は「保守の結集」や「戦後レジームからの脱却」を強く主張している右翼集団であります。
 衛藤は二月十六日に、動画サイト「ユーチューブ」にわざわざ投稿し、米国の「失望」声明に対し「むしろわれわれのほうが失望だ」と逆批判し、さらに「米国は同盟関係にある日本をなぜ大事にしないのか。米国はちゃんと中国にものが言えないようになりつつある。(失望)声明は中国に対する言い訳に過ぎない」とまで言った。
 中国との間合いで苦慮しているオバマ大統領の、いちばん痛いところを無遠慮に無神経に突いたのです。
 実は衛藤は昨年一一月、安倍首相の意を承けて訪米し、ラッセル米国務次官補らに会って靖国参拝への理解を求めた。ところが釘を刺されている。
 さらに一二月の初めには在日米大使館を訪れ、「参拝に賛意を表明してほしいが、それが無理なら反対しないでほしい」と求めた。しかしここでも首席公使から「慎重に」と言われたという。こんな裏話まで、動画で公表しているのです。
 首相補佐官という内閣の要職にある者が、このような外交上のやりとりや内幕を公表するのは不穏当、いや政治家としてまことに稚拙です。
 何よりアメリカは衛藤を安倍首相の代理と見ている。その衛藤が公然と「われわれのほうが失望だ」「米国は中国にものが言えないのだ」などと言えば、これが「安倍の本心」と取られて不思議はない。事実、本心なのでしょう。
 だが、その本心を言ってしまったら、国際関係がおかしくなる。心ある側近ならば、そういう本心を聞いても隠すべき。それをズケズケと、首相への点数稼ぎのように言う。いかにも稚拙で、外交感覚ゼロです。
 
 「強力な軍隊持ち中国と対峙」
 
 そして二月十九日には、安倍首相の経済ブレーンである本田悦朗内閣官房参与が、アメリカ経済紙・ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビュー記事で「日本が力強い経済を必要としているのは、賃金上昇と生活向上のほかに、より強力な軍隊を持って中国に対峙できるようにするためだ」と。
 この発言についてウオール・ストリート・ジャーナルは「本田氏はアベノミクスの背後にナショナリスト的な目標があることを隠そうとしない」と論評している。
 
 「極東軍事裁判は大虐殺をごまかすため」
 
 さらに安倍首相の肝煎りでNHKの経営委員に送り込まれた百田尚樹氏は、先の都知事選で田母神俊雄・元航空幕僚長の応援演説に駆けつけ「極東軍事裁判は、アメリカの東京大空襲と原爆投下という大虐殺をごまかすための裁判だった」と演説した。
 この百田発言は米国にも飛び火し、キャロライン・ケネディ駐日米大使は、NHKの取材申し入れを拒否したという。
 
 アメリカの反応
 
 では、これら一連の安倍首相側近らの発言に、アメリカメディアはどう反応したか。
 ブルームバーグ通信は二月十六日、「日本のナショナリズムヘの譴責」と題する社説で、安倍首相の靖国参拝やNHK経営委員の百田尚樹発言などを取り上げて「日本が民主主義国家として築いてきた国際社会の好意的評価を、安倍首相が崩している」と指摘し、百田発言については「時代に逆行する発言にもかかわらず、安倍首相は否認を拒んでいる」と批判した。
 またワシントンポストは一七日の論説で「日本の挑発的な動き」と題して、安倍首相を「保守的な国家主義者」と表現したうえで「靖国参拝は日米関係をひどく損ね、アメリカと中国の間よりも意思疎通のギャップが大きくなった」と批判した。
 さらにニューヨークタイムズも十九日、「日本の国粋主義的発言は、日米関係を冷やしかねない」と警鐘を鳴らしている。
 
 中国が喜んでいる
 
 私は先月の総幹部会で、こう言いました。「期せずして、靖国参拝は『第二次世界大戦後の国際秩序』という論理から、中国・ロシア・韓国・アメリカに、対日包囲網のごときものを自然と作らせてしまった」と。
 米政府およびアメリカ世論の厳しい視線を見るとき、日米関係に深い溝・不信感が生じていることは、もう否定できない。
 そして、これを最も喜んでいるのが中国なのであります。
 すべては昨年末の靖国参拝に端を発している。まさにこれが安倍政権のターニングポイントであった。そしてこれが終わりの始まりなのであります。
 
 安倍首相の言動
 
 安倍首相は口を開けば「日本を取り戻そう」と言い、「戦後レジームからの脱却」を叫ぶ。昨年四月二八日に開催された「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」では、壇上で両手を挙げて」「天皇陛下万歳」を叫んでい。る。また第一次安倍政権において靖国参拝ができなかったことを「痛恨の極み」とも述べている。
 これらを見るとき彼は、保守といっても通常のそれではなく、戦前への回帰をめざした国粋主義的な皇国史観の持ち主のごとくに見える。
 
 自虐史観とは 
 
 自虐史観というのは敗戦により生じたものですね。まず戦勝国アメリカが、占領政策の一環として日本を弱体化するために、「日本は侵略戦争を起こした悪い国だった。まさしく保守的な気運が日本に起きてきたのであります。
 彼の支持者は「ネット右翼」(ネトウヨ)といわれる若者たちが、主体と言われている。
 田母神候補の主張は「日本核武装計画」という著書に明瞭です。その序文に「安倍総理が言う『日本を取り戻す』ために、この本が皆さんの議論の端緒となれば幸いである」とあるのを見ても、安倍首相の思想と通底していると思われる。
 
 自界叛逆のハシリ
 
 いいですか。皇国史観というのは、自虐史観に比べればずーっと日本的ですよ。だからいったん火がつくと広がりやすいのです。
 いま日本国内で、右と左、保守と革新、皇国史観と自虐史観がぶつかり合っているのも、まさしく広布前夜の自界叛逆のハシリであると私は思っております。
 
 皇国史観とは
 
 では、皇国史観とはどういうものか。端的にいえば 日本は万世一系の天皇が統治する国であり、天皇は天照太神等の神々の子孫である。よって日本は神国であるというものです。
 オリンピック組織委員会会長の森喜朗元総理が総理在任中に「日本は神の国だ」と言って物議をかもしたが、彼の頭にはこの皇国史観があったのでしょう。
 
 現人神
 
 皇国史観においては、天皇を敬って「現人神」あるいは「現御神」という。すなわち神がこの世に人として現われたという意味です。
 このことは、百田尚樹氏と一緒に安倍首相によってNHK経営委員に送り込まれた、哲学者である長谷川三千子・埼玉大学名誉教授の次の一文に明らかです。
 長谷川氏は、93年に朝日新聞社に乗り込んで拳銃自殺した新右翼団体元会長への追悼文を昨年十月に発表しているが、その中で「野村秋介は神にその死をささげたのである。『すめらみこと いやさか』と彼が三回唱えたとき、彼がそこに呼び出したのは、日本の神々の遠い子孫であられると同時に、自らも現御神であられる天皇陛下であった。そしてそのとき、たとへその一瞬のことではあれ、わが国の今上陛下は(『人間宣言』が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神となられたのである」と。
 
 皇国史観は天皇・靖国で止まる
 
 そしてこの「現人神・現御神」に命を捧げた英霊を祀った社が靖国神社である――ということになる。だから皇国史観の人々は靖国にこだわるのです。
 詮ずるところ、皇国史観というのは「天皇」と「靖国」に行き着き、そこで止まってしまう。
 確かに日本国の最初の国主は天照大神であります。そして日本は万世一系の天皇が統治する国である。これはそのとおりです。そして皇室は万世一系で二千数百年も永続している。このような王室は世界に類例がない、日本だけのものであります。
 
 永続は知るも所以は知らず
 
 だが、保守の人々、皇国史観の人々は、皇室の永続は知っても、その所以を知らない。なぜ皇室がこのように永続しているのか。あの革命児・織田信長ですら皇室には手をつけなかった。異国の占領軍司令官であったマッカーサーすら、皇室を廃絶しようとはしなかった。彼は日本に乗り込んで来た時には、まず第一に天皇制を廃止しようと思ったに違いない。しかし途中で考えが変わってしまったのです。
 
 なぜ皇室は永続しているのか
 
 なぜ、このように皇室は永続しているのか――。
 それは「仏法守護」という一大使命が皇室にあるからであります。
 
 天照太神は仏法守護の善神
 
 日本は久遠元初の自受用身・日蓮大聖人が御出現あそばす国である。ならば、この御本仏を守護し奉る善神が、前もってこの国に出現しないことはない。
 大聖人様は日眼女抄に「天照太神・八幡大菩薩も其の本地は教主釈尊なり」と仰せられている。
 まさしく久遠元初の自受用身ご出現の国に、前もって釈迦仏が守護のために垂迹したのです。その神が、日本国最初の国主である天照太神であり、八幡大菩薩(第十六代応神天皇)なのであります。
 ゆえにその子孫であり国主たる歴代天子には、自ずと仏法を守護し奉る一大使命が付されている。これを「守護付嘱」という。このゆえに不思議の永続があるのです。
 このことは、世間の保守主義者や皇国史観の人々が、夢にも知らぬ仏法上の深義であります。
 
 神は所従 仏は主君
 
 まさに神は所従であり、仏は主君なのです。
 だから見てごらんなさい。日本に始めて仏法が渡来した欽明天皇の御宇に、物部等の豪族は「日本は神国だから天照太神等の神々を崇めるべきだ。異国の仏教などは断じて用いてはいけない」と主張した。欽明天皇もそれを容れてしまった。
 このとき、聖徳太子と蘇我氏は仏法守護に立ち、敢然と戦いついに勝った。それまでは力もあり守ってくれた神々が、負けてしまったのです。
 大聖人様はこのことを曽谷抄に「ついには神は負け仏は勝たせ給いて、神国はじめて仏国となりぬ」と。 このとき日本は始めて神国から仏国になった。神は所従、仏は主君という立場が決まったのであります。

 桓武天皇の仏法守護
 
 その後、桓武天皇は伝教大師を擁護して法華経迹門の戒壇を建立し、あの平安時代の興隆をもたらした。
 大聖人様はこの桓武天皇の護法を例として、法華初心成仏抄に「今の国主も又是くの如し。現世安穏・後生善処なるべき此の大白法を信じて国土に弘め給わば、万国に其の身を仰がれ、後代に賢人の名を留め給うべし。知らず、又無辺行菩薩の化身にてやましますらん」と仰せられている。これが王仏冥合の時の姿であります。
 このように国主が仏法を擁護すれば、王法も栄え国土も安泰となるのです。
 
 仏法に背けば福徳も減する
 
 だが、もし仏法に背けば、たとえ善根を積んだ天子といえども、忽ちに福徳を失い虚しくなる。
 讐えば先に述べたごとく、日本に仏法が渡来した折の欽明・敏達・用明の三代の帝は仏法を用いず、ついに物郎等と同じく虚しくなられた。また後鳥羽上皇は真言密教に固執して法華経に背き、身を亡ぼされている。これまさに現証であります。
 
 仏法こそ国家興亡の根本法則
 
 仏法はまさしく国家の興亡盛衰の根本法則です。この仏法の鏡に照らして国家の盛衰を見る。これが仏法史観なのであります。
 大聖人様は神国王御書に「我が面を見る事は明鏡によるべし。国土の盛衰を計ることは仏鏡には過ぐべからず。仁王経金光明経最勝王経守護経涅槃経法華経等の諸大乗経を開き見奉り候に……仏法に付きて国も盛へ人の寿も長く、又仏法に付きて国もほろび、人の寿も短かかるべし。・・・王法の曲がるは小波小風のごとし。大国と大人をば失いがたし。仏法の失あるは大風大波の小舟をやぶるがごとし。国のやぶるゝ事疑いなし」と。
 自分の顔を見ることは明らかなる鏡によるべきである。国家・国土の盛衰を計ることは、仏法の鏡に過ぎるものはない――と。
 そして「王法の曲がるは小波小風のごとし。大国と大人をば失いがたし……」とは たとえ国主に政治上の過失があったとしても、それは小さな波・小さな風のようなもので、福運ある大国、福徳ある国主においては破滅にはいたらない。だが、もし仏法の失すなわち邪法を信ずるならば、大風・大波が小さな舟を破るがごとく、国が破滅することは疑いない――と。
 この甚深の仏法史観を知らず、この国に御出現された下種の御本仏・日蓮大聖人を軽んずるゆえに、皇国史観はダメだというのであります。
 
 天照太神は謗法の国を守らず
 
 安倍首相は昨年一〇月に伊勢神宮の式年遷宮に参列し、さらに本年正月には閣僚を引き連れて伊勢神宮に参拝している。
 しかし天照太神は仏法守護の善神であれば、日蓮大聖人を信じない人を、国を、どうして守るであろうか。
 この大宇宙には梵天・帝釈・日月・四天等、宇宙的スケールで仏法を守護する諸天が存在している。この諸天に比べれば、天照太神・八幡大菩薩等は日本国だけの善神であるから、大聖人は「小神」と諸抄に仰せられている。
 最上位の梵天・帝釈が捨て去る謗法の国・日本を、小神の天照太神・八幡大菩薩がどうして守れようか。

 治病抄の仰せ
 
 ゆえに弘安元年六月の治病抄には、競い起こる三災七難について「神と仏と法華経にいのり奉らば、いよいよ増長すべし。但法華経の本門をば、法華経の行者につけて除き奉る。結句は勝負を決せざらむ外は此の災難止み難かるべし」と。
 神と仏と法華経に祈れば、災難はいよいよ増大すると仰せられる。その「神」とは天照太神・八幡大菩薩のこと。そして「仏」とは釈迦仏のこと。「法華経」とは熟脱の法華経です。ここでは種脱相対して仰せられている。
 すなわち 天照太神・八幡大菩薩に祈るとも、釈迦仏に祈るとも、熟脱の法華経に祈るとも、少しも祈りは叶わない、かえって災難は増大する。災難を止どめる術はただ一つ。「法華経の本門」すなわち三大秘法を、「法華経の行者」すなわち下種の本仏・日蓮大聖人に付けて、始めて災難を除くことができるのである。所詮、仏法の邪正を決した上で日蓮大聖人と三大秘法を用いなければ、災難を止どめることはできない――と仰せあそばす。
 
 下種御本仏の絶大威徳を拝せ
 
 いいですか。下種の御本仏の御威徳とはどのようなものか。諸天善神のすべてが、ひれ伏し侍っているのです。
 その姿を下種本仏成道御書には「天照太神・正八幡宮も、頭をかたぶけ手を合わせて地に伏し給うべき事なり」さらに「梵釈左右に侍り、日月前後を照らし給う」と仰せられている。これが御本仏の御威徳ですよ。
 だから日本国中が寄ってたかって、また国家権力が日蓮大聖人の御命を奪わんとしても、なし得ないのです。
 出世本懐成就御書には「設い大鬼神のつける人なりとも、日蓮をば、梵釈・日月・四天等、天照太神・八幡の守護し給うゆへに、罰しがたかるべし」と。
 「大鬼神のつける人」とは、国家権力の権化のような悪逆の平左衛門です。このような力ある大悪人であろうとも、大聖人におかれては、梵釈・日月・四天等、天照太神・八幡等が厳然と守護し奉っているから、罰することができない、御頸刎ねることができない。これが下種御本仏の絶大威徳であります。これほどの絶大威徳 そして大慈大悲の仏様が、世界のどこにましますか。
 
 仏法史観の骨髄・肝心
 
 だから、この御本仏を信ずれば人も国も栄える。背けば人も国も亡びる。このことを大聖人様は開目抄の御意として「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」と仰せられた。この重大の仰せこそ、まさに仏法史観の骨髄・肝心であります。
 
 「いつまで背き続けるのか」
 
 しかるに日本国は、この御本仏を流罪・死罪に処し奉り、未だに背き続けている。加えて今、正系門家まで御遺命に背いている。
 この二悪鼻を並べるゆえに、梵釈・日月・四天、天照太神・八幡大菩薩等の諸天善神は、「いつまで日本は背き続けるのか」と、この国を治罰するのです。それが今の天変地夭であり、刻々と迫りつつある他国侵逼の大難なのであります。
 
 広宣流布は一時に成る
 
 このとき、大聖人様は絶大威力を以て一時に広宣流布をあそばす。
 そしてこの重大の御化導をお手伝い申し上げるのは、御遺命を守り奉った顕正会以外にはあるべくもない。
 私たちは智恵もない、行功もない。ただ恋慕渇仰の信心だけで南無妙法蓮華経と唱え奉り、これを人に勧めているだけであります。
 
 我ら末弟をお庇い下さる
 
 しかしこの我ら末弟を、大聖人様はお庇い下され、日本一同にこう仰せ下されている。「請う、国中の諸人、我が末弟等を軽んずること勿れ」と。
 大聖人様の御眼からご覧あそばせば、いうに甲斐なき我ら凡夫でも、御本仏の眷族、地涌の菩薩の一分、やがて一生のうちに仏に或るべき仏子である。ゆえに「国中の諸人、我が末弟等を軽んずること勿れ」と仰せ下さるのであります。
 たとえ誰に軽んじられようと、一人の大聖人様がお庇い下されば勇気百倍であります。
 
 ギリギリの最終段階
 
 もう広宣流布は近い。すでにギリギリの広布最終段階に突入している。だから本年が「国難元年」なのであります。
 その大事な初陣の二・三・四月法戦、二度の豪雪に見舞われながらも、弘通はすでに誓願の五〇%を超えております。
 顕正会は強い。
 さあ、三月を迎え、いよいよ加速度をつけたい。ともに励まし、地涌の菩薩の面目にかけて、人を救い国を救う戦いを力強く進め、何としても大聖人様に応え奉ろうではありませんか。以上。(大拍手)
 
 

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