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 一国広布を見据え前進開始の年

   年頭の辞

   一国広布に身を捨てん

                            日蓮正宗顕正会会長 淺井昭衞
 
 昨年は、まことに、″不思議″の一年であった。
 池田大作が正本堂の誑惑を完結せんと、細井・阿部両管長を籠絡した一八年前から企んできた「本門寺改称」の陰謀が、みごと御本仏の御威徳の前に砕け散った年であった。
 顕正会は年初より、ただ大聖人・日興上人の御悲憤を信心の耳で聞き奉り、捨身の御奉公に徹してきたが、その一々の戦いに、御本仏の御守護・諸天の働きを、肌身に感じさせて頂いた。
 思うに、もし唯一の正系門家が、広布達成を偽った上に大石寺を「富士山本門寺」と改称していたら、御本仏の御遺命は完全に破壊されていたに違いない、この恐しさを思いやれば、返す返す有難さがこみ上げてくる。
 しかし、未だ戒壇の大御本尊は誑惑・不浄の正本堂に居えられ奉っている。この不敬が、宗門の禍いとなり、国家の災いとなる。大御本尊が清浄の御宝蔵に還御あそぱす日こそ、御遺命守護の完結である。そしてこの事は.顕正会の逞しき一国広布への大前進の中にこそ成就される。顕正会の御奉公は未だ足りない。
 「本門寺改称」の陰謀がみごと粉砕された時、私の耳朶(じだ)に響いたのは、"一国広布に身を捨てよ"との御本仏の厳たる御命令であった。
 松野殿御返事に云く 「身命を捨てて法を弘むべし」と。
 これを承けて二祖日興上人御遺誡に云く 「未だ広宣流布せざる間は、身命を捨てて随力弘通を致すべき事」と。
 一国広布への死身弘法なくしては、御遺命守護の完結も、日本の安泰もあり得ないのである。
 
 見よ、世界の激動を。――ソ連は民族紛争により内戦の様相を示し、米国は衰退の一途をたどりつつある。そしてこの二大国の凋落(ちょうらく)を機として、東欧はいよいよ混迷の度を増し、中東は軍事対決で一触即発、さらに日本に最も影響のある北東アジアは地球上で最も危険な地帯となりつつある。まさに物情騒然である。
 今後世界は、国家と国家、民族と民族のエゴが到るところで激突し、新たな"戦国時代"に入ること一点の疑いもない。しかも核兵器・化学兵器は世界中に拡散しつつある。まさに「闘諍堅固の仏語地に堕ちず」の御金言のままではないか。
 この大闘諍の大渦より日本を救う道は、広宣流布・国立戒壇建立の秘術以外には断じてない。仏弟子としてこれを知りながら、一国広布の大願に立たぬ者は、無道心の者である。
 七年後の百万が成れば、一国広布は必ず成る。広布前夜の濁悪の日本国に、立正安国の大旗をかかげ国立戒壇建立を叫ぶ百万の仏弟子の異体同心が出現する時、広宣流布は眼前となる。
 「日本国の人々は多人ん(たにん)なれども,体同異心なれば諸事成ぜん事かたし。日蓮が一類は異体同心なれば、人々すくなく候へども大事を成じて一定法華経ひろまりなんと覚へ候。悪は多けれども一善に勝つ事なし」(異体同心事)と。
 まさに百万達成こそ一国広布の鍵である、七年後をめざし、全顕正会員一結し、共に励まし歓喜の前進を開始しようではないか。
 
 平成三年元旦
 
 

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